
「もっと痩せたほうがいい」「若く見えるほうがいい」「きれいでいるためには努力しなければいけない」――。私たちは知らず知らずのうちに、外見を評価する価値観の中で暮らしています。
SNSを開けば、理想的な体型や肌、顔立ちを持つ人の写真が次々と流れてきます。「ビフォーアフター」や美容医療、ダイエットの投稿も珍しくなく、頑張ってキレイになることが、“人生のメインテーマ”と言わんばかりです。
もちろん、美容やファッションを楽しむことは素敵なこと。自分の好きな服を着たり、メイクを楽しんだり、理想の自分に近づくために努力したりすることは、人生を楽しむ方法のひとつです。
けれど、「美しくあること」がいつの間にかルッキズムになり、心を苦しめているとしたらどうでしょうか。
そこで海外SNSなどでも注目されているのが、「そもそも人を美醜で評価しない」「自分自身の外見も必要以上に評価しない」という考え方です。
「すべての人を美しいと思おう」というボディポジティブから、さらに一歩進んで、「美しいかどうかを、それほど重要な問題にしなくてもいい」と考えるBody Neutrality(ボディ・ニュートラリティ)とも重なります。
ルッキズムを批判するだけでは、ルッキズムから簡単に抜け出すことはできません。海外の議論では「自分自身が無意識に外見で人を評価していないか」掘り下げる方向へ深化しています。
ルッキズムから距離を置くために、私たちはどんなことを意識すればいいのか、ここでは、毎日意識してできる5つの習慣や思考の方法などをご紹介していきます。
①「努力すれば外見を変えられる」という考え方をやめる
ルッキズムを考えるうえで、まず見直したいのが「外見は本人の努力次第」という考え方です。
「痩せればきれいになれる」「美容を頑張れば若く見える」「努力すれば誰でも理想の顔になれる」といったメッセージは、SNSや美容コンテンツの中にあふれています。
食生活や運動、スキンケア、ヘアケアなどによって変化する部分はありますが、外見のすべてを本人の努力でコントロールできるわけではありません。
顔立ちや骨格、体質、年齢、遺伝、肌質などには、自分では選べない要素があります。さらに、仕事や家庭環境、経済的な余裕などによって、美容にかけられる時間やお金にも差があります。
それにもかかわらず、「きれいになれないのは努力が足りない」と考えてしまうと、外見の問題がそのまま本人の自己責任になってしまいます。
そして、この考え方は他人にも向けられます。
「太っているのは自己管理不足なのでは?」
「もっと美容に気を使えばいいのに」
「老けて見えるのは努力していないからでは?」
そんなふうに、外見からその人の努力や生活態度まで判断してしまうのです。
ルッキズムから離れる第一歩は、「外見は努力すれば自由に変えられるもの」という前提そのものを疑ってみることなのかもしれません。
②「人の外見を評価しない」から「自分の外見も評価しない」へ
ルッキズムをやめようとすると、まず「人の見た目について悪く言わない」ことを考えがちです。
もちろん、それも大切です。
しかし、もう一歩進めるなら、自分自身の外見も必要以上に評価しないという考え方があります。
例えば鏡を見て、
「今日は太って見える」
「この角度ならかわいい」
「肌が荒れているから今日は人に会いたくない」
「この服は細く見えるからOK」
と、自分の外見を毎日のように採点していないでしょうか。
これは一見、自分自身への評価に見えますが、実は「人間は美しく見えるほど価値がある」という価値観を、自分自身にも適用している状態ともいえます。
Body Neutralityで注目されているのが、まさにこの考え方です。
「自分の体を大好きにならなくてもいい」
「毎日、自分を美しいと思えなくてもいい」
「そもそも自分の見た目について、毎日評価しなくてもいい」
そんなふうに、「好き」か「嫌い」かの二択から離れることを目指します。
自分の顔や体を「評価する対象」ではなく、「自分がこの人生を生きていくためのもの」と捉え直す。
それだけでも、外見に振り回される時間は少しずつ減っていきます。
③「外見磨き=自分を大切にすること」とは限らない
美容やダイエットを楽しむこと自体が、ルッキズムというわけではありません。
メイクが好き、おしゃれが好き、肌をきれいにしたい、髪を整えたい――。そうした気持ちは自然なものです。
ただし、「外見を磨くこと=自分を大切にすること」とは限りません。
例えば、
「このままでは価値がないから美容医療を受けなければ」
「太っている自分が嫌だから、もっと痩せなければ」
「老けて見られたくないから、施術を続けなければ」
「SNSで褒められる体型になりたいから、食事を極端に制限する」
という状態になっているとしたら、それは「自分を大切にする」というより、「今の自分では不十分」というメッセージを自分自身に送り続けることになってしまう可能性があります。
美容医療を受けることやダイエットをすることが悪いのではありません。
大切なのは、
「私は本当にこれをしたいのか?」
それとも、
「このままでは人から評価されないから、変えなければいけないと思っているのか?」
という違いです。
「きれいになる努力をすること」がいつの間にか義務になっていないか。
「美容にお金や時間をかけない自分は怠けている」と思っていないか。
そこを一度立ち止まって考えてみることも、ルッキズムから距離を置く方法のひとつです。
④「美しい=善」という思い込みがないか
「美しい人は性格もよさそう」
「痩せている人は自己管理ができていそう」
「おしゃれな人は仕事もできそう」
「若々しい人は人生を楽しんでいそう」
私たちは外見から、その人の性格や能力まで想像してしまうことがあります。
これは単に「美人が好き」という話とは少し違います。
外見の美しさを、努力、自己管理、人格、能力などの“良さ”と結びつけてしまうことです。
こうした「美しさの道徳化」が進むと、反対に、
「太っている=自己管理ができない」
「外見に無頓着=だらしない」
「老けて見える=生活が乱れている」
といった判断にもつながります。
しかし、本来、外見と人格は別のものです。
美人だから優しいとは限りません。
痩せているから自己管理が得意とも限りません。
おしゃれだから仕事ができるとも限りません。
「見た目がきれい」という情報だけで、その人がどんな人なのかまで決めつけない。
これは、ルッキズムをやめるうえで非常に重要な視点です。
⑤SNSやメディアの「美醜を採点するコンテンツ」から距離を置く
そして最後は、私たちが日常的に触れているSNSやメディアとの付き合い方です。
SNSには、
「○歳に見える?」
「どっちが美人?」
「男性が選ぶ理想の顔」
「○kg痩せて人生が変わった」
「老けて見える人の特徴」
「美人になるためにやめたこと」
など、外見を比較したり、ランキングしたり、評価したりするコンテンツが数多くあります。
こうした投稿を見続けていると、知らないうちに「人の価値は見た目で比べられる」という感覚が身についてしまうことがあります。
だからといって、SNSや美容コンテンツをすべて避ける必要はありません。
重要なのは、「この投稿は何を伝えようとしているのか?」と、一歩引いて見ることです。
なぜこの体型が「理想」として紹介されているのか。
なぜ「老けて見えること」がネガティブに扱われているのか。
なぜ「この商品を使えばもっときれいになれる」というメッセージになっているのか。
そこには広告やマーケティング、インフルエンサー文化、社会が作ってきた美の基準など、さまざまな背景があります。
「この投稿を見て、自分は何を感じたのか?」まで考えてみるのも有効です。
「この人みたいになりたい」
「自分はこの人より劣っている」
「もっと痩せなければ」
と感じたなら、その感情そのものを「自分の本当の願望」と決めつける必要はありません。
SNSによって作られた「こうなりたい」が、自分の価値観とは限らないからです。
今はルッキズムから距離を置くように意識がけて
今の時代はルッキズムがより強くなっていると多くの人が感じています。
だからこそ、自分の中のルッキズムや他者に向けられるルッキズムから距離を置く工夫が必要です。
SNSによって、これまでなら身近な人としか比べることのなかった外見を、世界中の人と簡単に比較できるようになりました。さらに、加工された写真や理想化された体型、美容医療による変化などが日常的に目に入ることで、「もっときれいにならなければ」「このままでは足りない」と感じやすい環境にもなっています。
一方で、こうした状況に対して、海外SNSでは「すべての人を美しいと思おう」という考え方だけでなく、「そもそも人を美しい・美しくないで評価しなくてもいい」という考え方も注目されています。
大切なのは、美容やおしゃれを否定することではありません。きれいになりたいという気持ちを持つことも、外見を楽しむことも、本来は自然な感情であり、その人の自由です。
ただ、「美しくなること」と「自分には価値があること」を同じものにしないこと。
そして、他人に対しても「きれいだから」「若いから」「痩せているから」といった外見を、その人の性格や能力、人生の価値と結びつけないこと。
SNSで誰かの容姿を見たときにも、「きれい」「きれいじゃない」と無意識に採点するのではなく、「なぜ自分はそう感じたのだろう」「この価値観はどこから来たのだろう」と一歩引いて考えてみる。
ルッキズムを完全になくすことは簡単ではありません。私たちは長い間、外見を評価する文化の中で暮らしてきたからです。
自分の中にルッキズムがあることを知り、ルッキズムから少し距離を置く、そんな小さな意識の変化から始めるだけでもいいのではないでしょうか。
それが、SNSで外見へのプレッシャーが強まる今の時代に、自分も周りも少しラクにするための、ルッキズムとの付き合い方なのかもしれません。


